- 210戦記2008年12月28日【栗山太樹の210戦記】 第6話「新たなシーズンと悩める一言」
- 210戦記2008年12月18日【栗山太樹の210戦記】 第5話「アメリカ・マンモスマウンテン戦 番外編」
- 210戦記2008年11月29日【栗山太樹の210戦記】 第4話「初めての海外レース〜アメリカ・マンモスマウンテン〜」
- 210戦記2008年11月21日【栗山太樹の210戦記】 第3話 「初めてのFISレース」
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【栗山太樹の210戦記】 第6話「新たなシーズンと悩める一言」
栗山太樹の210戦記 〜スキーで地球征服!〜
第6話 「新たなシーズンと悩める一言」
1996‐97シーズンも終わり、学年も一つ上がって高校3年生になり、部活も3年間の集大成という事でインターハイや国体、前年出場した高校選抜など目標を定めてトレーニングをしていました。そんなある時、一人の外国人が私の運命を大きく変える事を伝えてきました。私は小学校4年生の夏からスポーツユニティというスキーキャンプの企画会社にお世話になっていて、毎年季節を問わず「スポーツユニティレーシングキャンプ」に参加していました。夏はオーストリアの氷河で夏休み中トレーニングをしていたわけですが、その中で3日間ぐらい当地のコーチを招聘して教えてもらうという企画がありました。その企画に呼ばれていたコーチがペーター・プロティンガー氏でした。小学校4年の時に初めて会ってから、9年を経て、僕が高校3年生の時のオーストリアのキャンプにももちろんペーター・プロティンガー氏は招待されていました。
後日、季節も秋に移り変わるという頃、そのコーチが発した一言がスポーツユニティを通じて私の元へ届けられました。「ヨーロッパで戦ってみないか?」と。しかも冬だけではなく、年間を通してという話でした。そういう話はとりあえず高校を卒業してから・・・・・という、こちらサイドの思いは全く無視され(笑)、最終的には行くならば早ければ早い方が良い、という結論に至りました。そういう結論に至るまでにはかなり時間がかかりましたが。
卒業か中退か、進学か留学か― これから先もスキーを続けていくにはどうしたらよいのか、最善の方法を探すべく一番悩んでいた時期でした。(第6話おわり)
【未来さんと】
【栗山太樹の210戦記】 第5話「アメリカ・マンモスマウンテン戦 番外編」
栗山太樹の210戦記 〜スキーで地球征服!〜
第5話 「アメリカ・マンモスマウンテン戦 番外編」
初めての海外レース。僕は滑るだけで良いですが、周りはもう大変。まず、一緒に行ってくれるコーチ探しから始め、チケットの手配など子供だった私は全て周りの人にお任せ(笑)。まずコーチが見つかり、チケットも無事に取って準備万端!・・・のはずが州の決まりでレンタカーの運転は25歳以上が条件。当時23歳だった江口典秀コーチは現地で運転が出来ないという事が判明。どうしようか?と言っているうちに出発日が近づき、結局父親が付き添うことになりました。もう一人知り合いの選手も一緒に行き、4人でアメリカへ飛び立つこととなりました。
全員アメリカには行った事があるメンバーだったので生活そのものは困りませんでしたが、父親がいきなり息子の初海外レースに帯同する羽目になり、極度の緊張とストレスで1回の洗髪で排水溝が詰まるぐらい髪の毛が抜けてしまい、試合に出ている本人よりも大変なことになっていました。
今思い返すとそれぐらいの緊張感で1戦1戦レースをしていた事が思い出されます。ちなみに機会があればまた書こうと思いますが、結局父はこの後、何シーズンも続く海外レースを観戦するたびに同じ目に合う事となります。(笑)
【最近の最新の滑り】
【栗山太樹の210戦記】 第4話「初めての海外レース〜アメリカ・マンモスマウンテン〜」
栗山太樹の210戦記 〜スキーで地球征服!〜
第4話 「初めての海外レース〜アメリカ・マンモスマウンテン〜」
高校2年生で決断した海外への挑戦。今でこそ、何人もの若者が海外で武者修行しながらレースに出るということは、珍しいことではありませんが、当時は全日本選手や県のトップ選手でもない選手が、海外のレースに出場することはきわめて稀でした。
そんな中挑戦したレースは、アメリカ・マンモスマウンテン(スキー場)での、「スーパーG」2戦、「ジャイアントスラローム」2戦、「スラローム」2戦の計6レースでした。当然ノーポイントに近い私はスタート順も最後に近く、毎レース苦戦が続きました。しかしなんとか全てのレースを完走してFISポイントをゲット!これでなんとか次のシーズンへ望みをつなげることができました。結局この年に出場したFISレースは高校選抜と、このマンモスマウンテンの2会場合計9レースでした。
初めての海外レースとなったマンモスマウンテンでは、レース以外のところでハプニングが待っていました。 (第4話おわり)
【日本とは違うながめです、やはり・・・】



